このページの本文へ移動
色合い 標準 青 黄 黒
文字サイズ 標準 拡大 縮小
RSS

公式サイトがつながりにくい場合には、ヤフー株式会社の協力によるキャッシュサイトをお試しください。

姉妹都市交流のあゆみ

交流のきっかけ

下野市とディーツヘルツタールの交流は、それぞれが他の町と合併する前、旧石橋町と旧シュタインブリュッケンの時代に始まりました。シュタインブリュッケンはドイツ語で「石橋」を意味し、昭和41(1966)年8月、同じ名前が取り持つ縁がきっかけでした。

獨協医科大学名誉学長、故 石橋長英博士の橋渡しにより、両町小学生の絵画交換から始まりました。また、石橋博士が両町へ水原秋桜子作の俳句「人と村同じ名もてりすみれ咲く」が刻まれた句碑を寄贈され、さらに親善が深まりました。

日本庭園に設置されている句碑

交流の発展

その後、両町の代表者が互いに親善訪問し、姉妹都市締結に向けた機運が高まってきたことから、昭和50(1975)年4月25日、故ホフマン町長一行の旧石橋町訪問時に、姉妹都市締結が行なわれました。

1975年の盟約書

締結後はさらに活発な相互交流を通して友好を深めてきましたが、市町村合併により双方とも区域が広がり、共通であった町名も変わってしまいました。

そのため、これまでの交流を今後も継承していくことを確認するために、平成21(2009)年10月1日、姉妹都市から11名の訪問団が来市し、下野市とディーツヘルツタールにおいて、新たに姉妹都市提携の調印式を行いました。

2009年の盟約書

それ以降も、3年毎に実施される中学生相互派遣や、姉妹都市締結40周年などの節目の年に行われる親善訪問が、継続的に行われています。

グリムの里づくりの整備

旧石橋町時代に姉妹都市締結をしたシュタインブリュッケン(現ディーツヘルツタール)は、ドイツ連邦共和国のヘッセン州に属しており、ヘッセン州は、グリム童話の生みの親であるグリム兄弟の出身地です。

グリム童話が世界の多くの人々に夢と希望を与え、親しまれていることから、旧石橋町では「グリムの里21  夢、希望、未来にロマンを追って」を掲げ、「世界に誇れるグリムの里づくり」を町づくりのテーマとした「グリムの里づくり」を実施してきました。

「グリムの里づくり」関連施設として、水と緑と風車があるふれあい広場の「姿川アメニティパーク」や、グリムの里の玄関口として、からくり時計を中心とした格調ある景観を石橋駅西口広場に整備するとともに、グリムの里づくりの中心施設として、2.1ヘクタールの自然林の中に、ドイツのレンチンゲン村庁舎と木組の家を合わせ、グリム童話やドイツ風土のイメージを取り入れた「グリムの館」を平成8年に建設しました。

合併して下野市となった後も、姉妹都市交流やミュンヘン大学生の受け入れなどを通してドイツとの交流は継続しています。グリムの館は、姉妹都市の関係者やミュンヘン大学生が来市した際の歓迎パーティー等の会場となるなど、ドイツとの交流のシンボルとして、今も親しまれています。

グリムの館

最近の話題

ディーツヘルツタールが外務大臣表彰を受けました

ディーツヘルツタールが、外務大臣表彰を受賞しました。長年にわたり市民間の交流を支え、両国市民の理解促進に貢献してきた功績が認められたものです。

令和5(2023)年9月19日、ディーツヘルツタール・エーヴァスバッハのクローンベルクフォーラムにおいて、麻妻信一在フランクフルト日本国総領事からディーツヘルツタールへの令和4年外務大臣表彰授与式が行われました。式は、下野市から訪れた中学生海外派遣団の歓迎会の中で行われました。

外務大臣表彰授与式の様子

左から、シュテファン・ショル市議会議長、アンドレアス・トーマス市長、麻妻信一在フランクフルト日本国総領事、大塚琴絵副領事
参考記事:在フランクフルト日本国総領事館


掲載日 平成28年11月8日 更新日 令和6年12月26日
アクセス数
このページについてのお問い合わせ先
お問い合わせ先:
総合政策部 市民協働推進課
住所:
〒329-0492 栃木県下野市笹原26(庁舎2階)
電話:
FAX:
0285-32-8606
(メールフォームが開きます)

最近チェックしたページ

このページを見た人はこんなページも見ています